埼玉県人会の歴史


埼玉県人のブラジル移住のはじまり・・・
1908年、笠戸丸によって日本人初の移民がブラジルに歴史的な第一歩を踏み出しました。
その僅か10年後には埼玉県人が開拓の烽火あげたのです。
それは1918年(大正7年)9月に立沢六佐衛門、軽部五郎、大野惣助、斉藤清作、若手寅吉の五家族がサンパウロ州パウリスタ線ノーバ・ヨウロッパのバンス耕地に入植しました。
埼玉県からの農業移住の歴史的第一歩であります。
そして、その3ヶ月後には高瀬隆司、長沢荘作、塩崎増三、塩崎経三郎の四家族も同耕地に入植したのです。
この方達を先駆者として埼玉県のブラジル移住史が始まりました。
その18年後の1936年に(昭和11年)に発刊された『埼玉県拓殖協会、海外移住組合』資料から当時の移住世帯数は、217家族、1,252人を見出すことができます。


ブラジル埼玉県人移民90年、県人会創立50年の歴史と世帯数の変遷・・・
創立は1958年(昭和33年)3月9日、290世帯を持ち、相互の親睦を目的に設立されました。
1961年(昭和36年)6月1日、ブラジル移住50周年記念の祝賀に当時の埼玉県知事、栗原浩知事が来伯されました。
県人移民50年、1968年(昭和43年)の県人会創立10周年記念には、389世帯を数えています。
県人移民60年、1978年(昭和53年)の県人会創立20周年記念には、202世帯が名簿に記されています。
そして日本移民100周年にあたる2008年(平成29年)は県人会創立50周年を迎えることができました。
埼玉県議会から日伯友好議員連盟の竹並会長を団長にして13名の県議の先生方をお迎えして盛大に記念の祝賀を迎えることができました。
県人のブラジル移住者の正確な把握はできていませんが、今までの数字から 725世帯と近年の移住者468世帯で合計1,193世帯を数えることができます。
県内移民史90年の歴史において、およそ1,200世帯の埼玉県民がブラジルの大地に渡ったことが推察できます。
今日、2世から3世、更には4世の世代に入ろうとしています。
県人の流れを受け継ぐ同胞は膨大な数になります。
広大なブラジルの各分野で活躍する県人の足跡は永遠に語り継がれていくことでしょう。

事務局より
このホームページをきっかけにブラジルにわたった皆様のご親族、知人などブラジルのご消息を知りたい方は会員登録をお済ませの上、ご遠慮なくお問い合わせください。
出来る限りのお手伝いをさせていただきます。



ホーム   |  
入会案内  |     
Desenvolvido e Hospedado por Consultor Net